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2011年10月22日 (土)

なぜ、タイの水害はあそこまで被害が甚大になったのか、なっているのか?ずっと理解できなかったのですが。。。。

愛読しているメールマガジンに、樋泉克夫さんという方が、投稿されていて、それを読んですべてが氷解しました。

Linkはこちら。

水田地帯であったアユタヤにどんどんと工業地帯を作ったつけ。保水機能を持った水田をどんどんとつぶして、工業地帯に変えていったことで、川からあふれた水が、水田に貯められることなく、アユタヤの町、工業地帯に押し寄せた。

第2は、水都バンコクの水路が、どんどんと道路に変えられ、やはりここでも保水機能が失われた。

そして、第3は、政争に明け暮れる政治が、治水の必要性を感じながらも後回しにした。

この3つが、バンコクも飲み込む洪水につながったというのです。

なるほど!

しかしながら筆者、樋泉氏は、集中して工場を立地させた日本企業の危機管理能力を責めていますが、これを論ずるのは結果論にすぎないように思います。日本の企業も国内の工場展開するときに、集約的に立地させて効率化を図るわけで、これを責めていては切がありません。もちろん、分散して難を逃れていれば、それに越したことはありませんが、タイのそれぞれの都市を結ぶ幹線道路の整備状況を鑑み、集約を避けられなかったのではと、私は、水がかぶってしまった街並みを象がゆったりと進んでいく姿を見ながら、想像するのです。

もちろん、タイに行ったことがありません。タイも、ベトナムも、台湾も、中国も、インドネシアも、インドもありません。韓国に最後に行ったのが1987年では、何も論ずる資格がないのかもしれませんが。。。

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