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2011年12月19日 (月)

金総書記の死亡、その2。

韓国ではテレビは完全に特別番組になっているようですね。

28日の葬儀まで、何も起こらないとは思いますが、94年に金日成が死んで、97年の「喪が明けた」後に、金正日が、如何にも対外的な示威行動にしか過ぎない軍事行動(核開発やテポドン発射を含めて)に出たことは、まだ、15年前のことですので記憶に新しいと思います。

正恩体制は、あまりに脆弱で、取り巻きが、この「大将」でやっていけるのか?を見定める時間、日成体制から、正日体制に移管にあたっては、正日を部長クラスという地味な役職から付けて、帝王学を学ばせるという、実に20年余を使った入念な権力移譲のプロセスを丹念に踏んでいました。当時、100万人が飢餓で死亡したのではと疑われるような大飢饉を経験していた北朝鮮は、どん底でしたから、「喪」という隠れ蓑をうまく使って、対外的には全く姿を見せないミスタリアスな2代目を、金正日は、うまく演出していました。

今回、正恩に早く実績を作らせねばとデビュー(昨年9月の後継者発表)から、父正日の視察には必ずついてまわり、後継者として正式に指名される前から金魚のフン状態はあったようですが、軍の視察に訪れた際に、あろうことか、双眼鏡を上下逆さまに持って、、、見ておられる。。。(大爆笑)

これを放送した関係者が処分されたのでは?という記事がデイリーNKに出ております。

デイリーNK(2011年2月21日)

ひと度、取り巻きが、「しゃあない、自分たちの生活を守るためには、こんな神輿でも担がなきゃならない」と諦めて、先軍主義を推し進めようと突っ走ったら。。。

新年からの朝鮮半島からは目が離せません。

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